梶原徹也の深入りコーヒー三杯目 2000年11月 中村達也

THE BLUE HEARTSのドラム梶原徹也と中村達也の対談。
ブランキーの解散理由が汲み取れる内容となっています。

梶原 実はここ(Bar 青山)のことって案外知られてないよね。内緒にしてるの?
中村 うーん、、、。俺は2種類イベントをやってて、一つは「カフェ・シャンデリアス」。これは、公にされているよ。で、昨日のちょっと秘密の方が「BLACK CABARET」。この二つがどう違うかっていうと、内容的には何にもかわらんのよ(笑)。「BLACK CABARET」の方は告知してないんだけど、昨日スマイリー原島さんのラジオでポロっといっちゃった(笑)。ラジオってすごいよね。昨日ものすごい沢山の人が来ててさ。お店に入りきらんかったもんね。いつもは小汚い野郎が多いけど、昨日はセクシーなお嬢さんがおおくて、びっくりよ。しかし、昨日は喧しいイベントになっちゃったな。当初の予定では、ドラムがポローンと叩いて、ウッドベースがチョローンって弾いて、ギターがピローンて乗っかって、女の子がフルートをピョローンと吹く。そんな具合のを希望していたんだけどな。イメージとかけ離れたな(笑)。めちゃくちゃだな。
梶原 ベースが2人もいたしね。どういうこと?!(笑)




梶原 セッションのメンバーは自分で集めるの?
中村 うん。身の周りにいる音楽家を集めて。ちょうど、名古屋の友達とここの前の店長が知り合いでさ、よくしてもらってるんだよ。去年の4月くらいから、ソロアルバムやらスカパラ(東京スカパラダイスオーケストラ)のサポートやらで、すごく忙しかったんだよ。バンドのレコーディングもあって。それなのに解散でしょ。暇になっちゃったんだよ(笑)。1年ぶりだよ。今は1週間に2回やっているときもあるよ。8月から数えて5、6回はやっているよ。なんせ暇なんだよねぇ。家にはドラムがないし、大音量で音楽も聴けないし。ドラムを叩いているとすごく気持ちいいし、好きな音楽を聴くのも楽しいでしょ。お酒を飲むのも楽しい。大人数になっちゃうと違ってきちゃうけど、2、30人のお客さんの前でセッションして、何かが生まれてくるのが気持ちよくて。すごくいいスペースなんだよ、ここは。そうこうしているうちにベーアン買っちゃったりしてさ(笑)。
梶原 え?! ベース引けるの?
中村 それはねぇ、ソロを聴いてもらえればわかるんですけど(笑)。めちゃくちゃね、もう。そういうのが去年くらいから始まっているの。楽器屋さん行くのが楽しくて。試奏させてもらったりさ。最近は機材集めに凝ってますよ。

梶原 ここでのセッションはドラム以外にも楽器をやるの?
中村 うん、やるよ。ギターも弾くし、ベースも弾くよ。ミッシェル(ガン・エレファント)のキュウちゃんに叩いてもらって。あと、司会もする(笑)。
梶原 あはは、手品は見たよ。


梶原 今は、ここでやることがお客さんの前でやるということなの?
中村 そうね。願いとしては夜中、暇なミュージシャンが集まって、何にも考えずに参加できる遊び場が確立すればと思っているのね。3コードに進行なんてないし、音があってなくてもいいし。強制的なものなんてなにもないし。その中に面白さ、面白いって変な言葉だけどさ、自分がどれだけ自由に楽しめるかだと思うんだよね。でもさ、そんなこといってても、お客さんが入ってくるとさ、「おおっ!! かっこいいとこ見せなあかんな」って(笑)。とか思っててもやっぱり、ワーーーッて飲んでやっちゃう場合もあるしね。それも全然大事なんだよね。
梶原 昨日はすごく不思議な感じがしたよ。良かったよ。他の楽器とあわせようっていう気がないでしょ。
中村 ない!! そんな無視してる。あるんでしょうね、トラウマが(笑)。
梶原 そうか(笑)。
中村 昨日はギターもベースも、一切見ないで叩いちゃった。どれだけ気持ちよく叩けて、自動演奏に入れるか。それまでに1時間くらいかかるんだけど。力んじゃったり、周りが気になっちゃったりして。自然と叩けるようになるまで、ぞれまでみんな無視。無視し続けて、ある時みんなの力がウワッと集まってくるような、そういう感覚がくる夜もある。ない夜もあるんだけど(笑)。
梶原 なるほど。でも、朝まで叩くって(笑)。
中村 朝まで叩くと気持ちいいよ。

梶原 今のことは、次になにがやりたいのかっていうことだと思うんですよ。
中村 次ね、まぁ、即興でやることは、神様から直結しているような、ネタが一番新鮮な音楽だからさ。自然でやるということをいいわけにしてやっているんだけど。メンバーは、そろそろ曲にして録音しない? っていう提案もでてきているんだよね。でも俺は曲を覚える気は全くもってないのでね(笑)。そう、俺がブランキーをやってた10年っていうのは、結局のところグルーヴの追求なんだよ。相当考えたんだよ、頭で。頭で考えるんだけど、ピンとこなかった。去年の11月12月だよね。そうね、活動が3人ともバラバラになってきちゃって。
梶原 去年の「コンチネンタル・パンク・ツアー」の時は解散なんて考えてなかったんだよね?そのツアーで何か得られるものがなかったということ?
中村 そう、かな。そのときは何も考えてなかったけど。
梶原 少し話を戻して。たっちゃんはよく「ベンジーの世界観を表現したい」っていってたよね。ブランキーとして、公の場でいい形になったのは確かじゃない。それから打ち込みを多用したアルバムが出たよね。その頃からなのかな? ブランキーというか、たっちゃんの中で少し変わってきたのは。
中村 「ロメオの心臓」、一昨年だよね。(沈黙)その頃レディオ・ヘッドを聴いて、それに影響されていたみたいだけど。俺は全然ダメ。あの、淡々とした世界がどうも、、、。
梶原 メンバーがブランキーの場合は3人いてさ、3人の個性があってバンドでしょ。
中村 それはさ、考え方にはね「みんな好きにやればいいじゃん」っていうのが大前提で。そうね、俺も何回も打ち込みと一緒に練習したんだよ。頭で考えて。でも、「ノリが違う」って。2人は俺が叩くと「そうじゃないんだよなぁ」って。その違いっていうのを何回口で説明されてもわからなくて。でも、俺は理解しようとしていて。それは今でも永遠の謎になっているんだけど。
梶原 そうか、でも、できれば3人でやりたかったけど、
中村 そう、やりたいよ。でも、いつまでたっても合わないんだよ。
梶原 それでも達也君なしはあり得ないでしょ。リズムに対して、達也君からの提案は出さなかったの?
中村 それがね、ないんだよ。俺はいつでもスタジオで、バーーッと叩いてさ、2人に「いいねぇ」っていわれればそれで良くて。「その時どういう風に叩いたか」って覚えてないんだよね。覚えてないから、録音しておくでしょ。でもそれ通りに叩いても、そのときそのときで違うでしょ。だから「違う」っていわれる。そうね、気持ちだから。気持ちで叩いているから。
梶原 あぁ、なるほどね。
中村 あのころは、出来なかったよね。俺も俺なりに頑張ったんだけど。(沈黙)「勝手にやれば」って口ではいっても、やっぱりね、寂しかったよ、なんていったりして(照笑)。

梶原 いやぁ、寂しいでしょ。寂しいよ!! だって、そのアルバム、メンバーでありながら、大して関わってないということになるんでしょ。その後、ブランキーは打ち込みものに行きたかったのかな?
中村 さぁぁぁ、、、どうだったんでしょうね。俺は俺の叩き方しかできんけど、うまくいってると思っていたんだけどね。なんか、「サウンドが良くなかった」だとか「グルーヴが違う」だとか。そういう不満がライブが終わってから会場ごとに、延々とあった。

梶原 ライブで打ち込みの曲はどうやってやってたの?
中村 山岡さんがやってくれたの。一緒にツアー回って。その時はボーッとしてた。椅子に座って。下向いて。
梶原 それが最後のアルバムにはどう影響したの? 他のインタビューで「このバンドは誰もやらなかったことを追及している」という言い方をしているけど。最後のアルバムはそういう位置づけ?
中村 うん、うん? なんだろな(笑)。だから、自分が気持ちいいと思っているところと、みんなが気持ちいいと思っているところが、あってなかった。心が通じてないんだから、それはやりづらいわな。やり尽くしたというか、結局、一丸となれなかったということなんだよ。

梶原 そういうことは沢山話したんだ。
中村 それがねぇ、あんまり話さなかったんだよ。解散を決めた上でのツアーを回って、ちょっとは話をするようになったけど、みんな自分の気持ちを説明できないからさ。ライブ終わっても「さっきの最高だったな」っていうポイントが2対1に分かれて。3で一つになることが最後までなくて。「解散が決まっているんだから、全部のステージを思いっきりやるだけだがや」ってなっても、最後のツアーの途中で俺は頭で考えててさ。ある時、「全然面白くない! 」って言い出した奴がいて。「わかった。むちゃくちゃやったるわ」と。それから解散に向けてウワーってなった。見ていた人にはどう伝わったのかわからんけど、俺はステージ中フルのテンションでやっている感じになったんだよ、遂に。それで良かったんだと俺は思っているよ。

梶原 グルーヴの追求では、常にフルのテンションでいられないわけ?
中村 探り合いになっちゃうのね。そんなんでやるから、歌えないんだろうな。気にすごく影響されると思うのね。ほら、緊張している人がそばにいるとこっちの緊張が感染るでしょ。楽しいと思っている人がいたらこっちも楽しくなってくるし。そういう、見えないけど気持ちの部分ね。そういうのが人間の体のシステムにあるんだと思うよ。例えばベンジーの書いてくる歌詞があるでしょ。俺はそれにものすごく共鳴するんだ。すごく深いところで。ただ単にあいつの波に乗って、自分の感情も全部わーっと出したいって思うんだよ。それはある意味、俺が他の人の意見を聞かないということになっちゃったのかもね。がむしゃらというか、いい意味でやけくそというか。普段あんまり感情的にならないんだけど、ステージ上ではものすごく感情を全面に出して、それがすごく良かった。

梶原 それは大前提で、バンドを始める上での初期衝動としてあったりするじゃない。なんだろ、バンドを続けていく上で、求めるものが違ってきちゃったのかな?
中村 うーん、、、あぁ、そうか!! そうなのかもしれんな(笑)。

梶原 「ギターウルフを見て、ものすごく良かった」っていってたよね。
中村 なんかステージから出ているものがすごくいいんだよ。

梶原 僕も、この夏にロフトでギターウルフを見て、同じように思ったんだよね。はじめのまとまっているギターウルフもいいんだけど、終わりの方にもう、ひっちゃかめっちゃかになってもやっている彼らって、大きなエネルギーを出していると思うんだよね。
中村 うんうん。誰かのインタビューで「自分のやれることからはみ出しちゃう演奏をみせられるっていうのはすごく気持ちがいい」ってあって。「それは、ジミ・ヘンドリックスとかもそうだよね」って。本当にそうだよなって思うよ。そのはみ出している演奏が最後のツアーで自分なりに出来たと思う。

梶原 達也君にしてみたら、そうやって叩いていくしかないよね。バンドが長くなればなるほど、メンバーが代えにくくにくくなるでしょ。ブランキーというスタイルで、もうちょっとバンドを維持していくことも出来たと思うんだよね。
中村 そうね。解散って言葉が出て、ものすごく意地を張っちゃって。「よし、そんなら解散してみろや」ってそう思っちゃったのね。それからは、変にサウンドにこだわっていたかな。難しくサウンドにあれこれいいだして。もう待ってられなかったんだよね、一つになる瞬間を。そうね、何を追求しとったんだろな。俺はわからんけど。

梶原 達也君自身は解散の原因を提示したの? なにかあった? 不満とか。
中村 それは常々あったよ。いろいろいわれても、わからんもん。それは、俺の研究がたりんかったのかもしれんよ。「だめだだめだ」っていうんだったら、「他のでやれば? 」ってなるでしょ。リハーサルとかで3人でやっていると、ものすごく気持ちがいい瞬間がやってくる。それは3人とも体験して知っているんだけど。ところがさ、その気持ちいい瞬間をライブで出そうとすると、出てこないんだよね。レコーディングでも、レコーディングのボタンをピッて押されると、ダメなんだよ。なんでだろ? その状態が何年か続いていたんだよ。結構、何年もその状態じゃ、もう待てないよね。

梶原 気持ちいい瞬間はみんな感じていて、それが一つの追求するところとして頭にはあったわけ?
中村 うん。頭の中というか、経験していたんだから、体で知っているということかな。感じてる。それがあったんだけど、なかなかそこまでね。それをするにはどうすればいいんじゃ?! っていう方法論がバンドとしてみつからんかったのよ。まぁ、結局のところリラックスしてやるということなんだけど。俺は、ずっとそうなんだけど、心がものすごく揺れ動きながら叩くのね。でもリズムが揺れられると困るんだろうね。独自の2人の世界を出そうとしているときに。だから、人間として成長する速度を待ってられなかったんだよ。
梶原 なるほどねぇ。
中村 と、後になって勝手に思っているんだけど。

梶原 バンドはさ、長く続けているといろんなことがあるよね。難しいよね。
中村 端からみたらなんじゃそりゃっていうことも、当人たちにしたらすごく深刻な問題だったりさ。

梶原 人間がやっているんだもんね。


梶原 とりあえず解散して、今は自由にやろうという感じ?
中村 それはあるよ。今はセッションしてね。自分が自分じゃなくなるくらい叩きたいね。そこまで行くのに2時間はゆうにかかるから、見ている人は鬱陶しいだろうけど(笑)。

梶原 そういうテンションのレベルが自分の中で、はっきりと分かっているんだ。
中村 うん。やってても違うなっていうときがあっても、止めないの。叩き続けるの。

梶原 肉体的な部分で、ある程度やり続けると体的には気持ちよかったりするじゃない。そういうのとは違うの?
中村 ウワーってやってても、あがらないときはあがらない。俺はすごく人のことを意識しちゃう人間らしく、人がいるとも時間がかかっちゃうんだよね。肉体的な高揚感とも少し違って。精神的なんだよな。すごく精神的。じじぃだから何でも時間がかかるんだよ(笑)。

梶原 夜の10時から、朝まで叩き続けていたでしょ。あれは見ていてすごいよ。リズムも変わるでしょ。
中村 (笑)。頭の中でああでもない、こうでもない、ああでもない、こうでもない、ってぐちゃぐちゃ考えてんだよ。だからころころ変わるんだよ。でもそういう自分勝手なリズムを許してくれるから、いいよね。

梶原 俺なんか、3つくらいのパターンさえあれば、気持ちよくなっちゃうんだよね。だから、人には聴かせられないんだよね。上に乗っかってくるものがあって、初めて人に聴かせてもいいかなっていう程度で。
中村 それはやっぱり、性格の問題。リズムに性格が出るんだよ。

梶原 そっか(笑)。でもさ、あの雰囲気に圧倒されてね、良かったよ。ブランキーの時には、あのテンションはやっぱりなかったかなぁて思っちゃった。あの状態で、今のメンバーみんなで上に行けばいい感じじゃない?! もしかしたら、それが最終形じゃないかもしれないけどさ。
中村 うん。だから、浅井君と照井君もセッションに誘っているんだよ。あの2人とこの形でやったらどうなるかなぁって。実現したら面白いよね。でもね、とにかくこの場はフロントだろうと無視して叩くから!! 
梶原 ここに、ドラム2台並べて一緒にやろうか。
中村 そうそう!! やろやろ!!

梶原 ドラマーズは、ドラムを5台並べてやっていたんですよ。その気持ちよさを経験してしまったので(笑)。すごくやってみたいな。ユニゾンとかいろいろ決めてやってたんですけど、やっぱり、人それぞれビート感って違うでしょ。別にスタジオ・ミュージシャン上がりの人たちの集団じゃないしさ。ものすごく手に癖のある人の集団だから。でも、すごく面白かったな。ひたすら叩くのね。ある時一点に収束してきてね。この感じでしょ。僕のは簡単なリズムでやるんだけど(笑)。
中村 そうそう、リズムは簡単な方がいいよね。実際。

梶原 何いってるの?! 達也君はものすごく難しいの叩いているじゃない(笑)。
中村 俺は俺流でやっているだけなの!! いいの! なんといわれようと、あれしか叩けないの!!

梶原 誰も悪いっていってないじゃん。すごくいいよ。そのいい感じに、私が入っていったらどうなるのかな? って思ったんだよ。
中村 うん、分かった。どうやって2台並べようかって考えるよ。

梶原 是非是非、やりたいですよ。
中村 じゃ、いつやろうか? 退屈な夜にやろう。

梶原 なにか言い残してない?
中村 「健康が一番だぞ!!」って(笑)。

梶原 なにそれ! それはそうと自分は健康なわけ?
中村 大分ね。あ、今現在は風邪ひきそうなんだよね。当たり前なんだけど、体が弱るとなんにもできんからさ。



編集後記
●2000年11月 中村達也様(ロザリオス)
-----ブランキー脱退後の達也さんがその後、どういうアクションをするのかってみんなが耳を澄ましていた所の対談だったんですよね。この時取材をしたBAR AOYAMAでのジャムセッションが後のロザリオスの布石になったりして。すごく反響があったんですよ。

梶原 バンドマンとしては普通の話だったんだけどね。メンバーしか判らないいろんな人間関係もあるしね。達也君とはその後も電話したりしたんだよね。達也君の感情と共に揺れるドラムじゃないとダメだっていうバンドもあるしね。ものすごい持ち味だからね。その揺れを追求して、ブランキーが分かれてしまった一つの答えを提示してあげた方がいいんじゃないのって思って。ロザリオスの音をまとめようとしていたときにね。中村達也のドラムを提示して納得出来る部分もあるしね。ロザリオスは今はいい感じじゃないですか。ブランキーのそれぞれが何をやりたかったのかが、いい感じに出ているから良かったなぁって思っているんですよね。